ねずみ島井戸端会議室

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日本泳法大会雑感 管理人 09/8/27(木) 23:06

日本泳法大会雑感その2 管理人 09/8/30(日) 8:07
日本泳法大会雑感その3 管理人 09/9/3(木) 14:02

日本泳法大会雑感その2
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 管理人  - 09/8/30(日) 8:07 -

引用なし
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   踏水術は「術」であってそれ自体が目的であると書きました。
これについて補足しておきます。
我が子に剣道(居合を含めて)を学ばせている親にその目的を尋ねるなら、
強い体を作るため、精神力を鍛えるため、などの答えが返ってくるでしょう。
間違っても「人を斬る術を身につけるため」とは言わない。
なぜなら現代の日本で人を斬る機会はないからです。

それに対して踏水術を学ぶ目的は「踏水術を身につけるため」が成立します。
というかそれこそが第一の目的であるべきです。
もちろん稽古を続けることで単に「術」を身につけるだけでなく、
その先にある何か有益な観念に到達することもあるでしょう。
ただ、最初からそれが目的である必然性はない。
踏水術はそれ自体が目的である、とはこういう意味です。

では、踏水術の目的は何でしょうか。
言い換えるなら、踏水術は何のための術なのか。
それを考えたとき、小堀流踏水術の游の種類の少なさが目に付きます。
浅瀬を下る時は足撃、
ある程度の距離を移動したい時は手繰游、
流れのあるようなところを一気に渡る時は早抜游、
水中で作業をしたいときは立游、
基本これだけです。
他流派だと平泳系と抜手系それぞれに複数の泳ぎがあったり、
また横体に複数の泳ぎがあったりします。

踏水術は実にあっさりしています。
一つのシチュエーションに一つの游。
「それで十分ではないですか」と小堀長順の声が聞こえてきそうです。
その一方で、デモンストレーション系の游はたくさんあります。
水書、水剣、梨剥などなど、際限なく可能です。
踏水術をもってすれば「立ってできることは游ぎながらできる」からです。

こうしてみると、小堀流踏水術の目的は
「何かの目的のために游ぐ」ことなんですね。
游ぐことよりも游ぐことで達成される何かが重視される。
例えていうなら車の運転と同じ。
たくさん荷物を運びたければトラックを使え。
移動するだけなら普通車でいい。
悪路を移動するなら4WDでしょ。
みたいな感じです。
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日本泳法大会雑感その3
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 管理人  - 09/9/3(木) 14:02 -

引用なし
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   修善寺でやってた頃は、確か「金龍」とかいう老舗旅館(火事で全焼して今はないらしい)に大会本部があって、大会参加者は金龍も含め周辺の旅館に振り分けられて宿泊しておりました。

最近の「畳が敷いてあるホテル」じゃなくて正真正銘の旅館です。
広い部屋には10人以上が泊まってました。
当然、様々な流派の人間が子供からじいさんまでごたまぜでなんですが、
これがなかなか面白い。
各流各団体の様々な事情を聞くのも面白いし、
游ぎの話になると盛り上がって
「では明日プールでやってみよう」という話になり、
游ぎを教えあったりしたものでした。
昔は游士の審査はなかったですし、
大会の運営も時間的余裕があったように思われます。
今みたいに選手以外はプールサイドに出られないなんてこともなかった。
(今でもその辺は厳密に守られているわけではないですけどね)
プールそのものが狭かったこともあって、
みんな審査員のすぐ後ろから見物してました。

最近の大会は「ちゃんとした」大会になってますが、
こういった面白味はなくなりましたね。
<Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 7.0; Windows NT 5.1; YTB720; .NET CLR 2.0.50727;...@203-135-207-67.ppp.bbiq.jp>

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